介護用ITソリューション情報

特集 介護ロボット最新事情

Part 1 動き始めた介護ロボット

ロボットは一般に、製造業などで利用される「産業用ロボット」と、サービス分野で利用される「サービスロボット」に大別される。介護ロボットは後者で、2000年以降に開発された介護ロボットはおよそ50種類あると見られる。この中には試作段階のもの、現場で検証中のものも少なくないが、製品として発売され、医療機関や介護施設で実際に利用されるケースも増えてきた。そして利用者からの評価は高まりつつある。
2035年には9.7兆円市場に

 まず、ロボットの全体像を俯瞰しておこう。
 「ロボット」という言葉は1920年に欧州の劇作家が造ったものだが、その概念は紀元前8世紀頃からあり、わが国でも「からくり人形」をはじめ、さまざまなロボット的な装置が古くから作られてきた。

 現在のロボットの始まりは、1950年代に開発された産業用ロボット。サービスロボットは1970年代から開発が始まっており、2000年以降に開発されたサービスロボットは400種類近くに達すると見られる。産業用ロボットやサービスロボットを含めたロボット全体の市場規模は、現在1兆円ほどである。

 経済産業省と独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO=ネド)が2010年4月に公表した予測データによると、ロボット市場(国内生産量)は2020年に2.9兆円、2025年に5.3兆円、2035年には9.7兆円にまで成長する。

 この成長の背景にあるのは、少子高齢化による労働力の減少や作業負荷の増大への対応、製品やサービスの質や生産性の向上の必要性と、それを可能にするわが国のロボット技術の高さだ。

 日本は世界に冠たるロボット大国で、そのことは産業用ロボットで世界の6〜7割のシェアを占めていることを見ても明らかだ。たとえば、溶接・塗装系では7割の世界シェアを持っている(JETRO Industrial Report 2006年3月)。産業用ロボットは高品質、高効率の日本のものづくりを支える基幹技術であり、この技術はサービスロボットにも生きている。

 上掲のグラフでも分かるように、将来のロボット市場の中心となるのはサービス分野である。経済産業省/NEDOでは「サービス分野」を医療、介護・福祉、健康管理など20の用途に分類している。

 介護・福祉に関するロボットはさらに、自立支援、介護・介助支援の2つの用途に分類し、それぞれ以下のような将来予測をしている。

 介護ロボットは今後、自立支援を中心に市場が拡大するが、介護・介助支援でも徐々に普及が進み、2035年には自立支援、介護・介助支援を合わせると4,000億円市場に拡大するという予測である。

展示会でも介護ロボットが注目の的

 国際福祉機器展、国際モダンホスピタルショウといった介護ソリューションの展示会でも、介護ロボットの出展は増えている。昨秋の第36回国際福祉機器展(H.C.R.2009)で注目を集めたのがCYBERDYNEの「ロボットスーツHAL」、パナソニックの「ロボティックベッド」だ。


CYBERDYNEの「ロボットスーツHAL」(HCR2009)

 「ロボットスーツHAL」は、人が動こうとするときに皮膚表面に発生する生体電位信号をセンサーで捉え、自立歩行をサポートする装置。昨秋の発表以降、現在までに全国40ヵ所以上の医療機関や介護施設で導入が進んでいる
(本特集「スペシャルレポート」参照)。

 パナソニックの「ロボティックベッド」も要介護者の自立生活を支援する装置。要介護者がベッドから車椅子などに移動する際、介護する人の労力や介助が必要になり、転落の危険もある。


パナソニックの「ロボティックベッド」(HCR2009)

 ロボティックベッドは、ベッドと車椅子に相互に形状を変化させることにより、そうした負荷を軽減する。要介護者は「自らの意思で容易に食卓テーブルにつく」「家族の団欒に集う」といった自立した日常生活を送ることが可能になる。

 ロボティックベッドは4つの要素技術から構成される。ベッド/車椅子の操縦を安全にアシストするロボット制御システム化技術、予め習熟しなくてもロボットの操作が簡単にできるロボットインターフェース技術、利用者の姿勢に応じてベッド形状を変化させる人体サポート技術、利用者の体勢に合わせた制御が可能な情報提供インターフェース技術、である。

 「合体時に動物がいたらどうするかといった、挟み込み防止などの安全性を検証中」(パナソニックの担当者)で、まだ市販されてはいないが、介護する側の負荷を軽減し、要介護者の自立を支援して快適な生活を送れるようにする介護ロボットとして、期待は大きい。

 こうしたベッドと車椅子の連動を実現し、既に販売されているロボットもある。日本ロジックマシン(富山県小矢部市、森川淳夫社長)の「百合菜(ゆりな)」がそれだ。要介護者をベッドから車椅子、簡易トイレ、簡易浴槽などに簡単に移動させることができる。

 意識のしっかりした要介護者であれば、介助者の補助がなくとも自分でロボットの操作が可能だ。背もたれと座面をフラットにすることで簡易ベッドになる。また、背もたれを立てることで電動車椅子としても利用できるので、一人で移動が行なえる。音声認識装置を搭載し、声での動作指示も行なえる。入浴介助時のような両手を使えない状況下では非常に便利だ。高齢者が使いやすいよう、方言での音声登録もできる。


日本ロジックマシン「百合菜」(国際モダンホスピタルショウ2010) 」(HCR2009)

 百合菜は随時改良を加えており、最新型ではベッドの乗り降りをより安全かつスムーズにできるよう、ベルトコンベアを搭載している。これにより、ベッドから移動する際には、完全に体が乗り切るよう、ベルトコンベアで体を引き込む。ベッドに乗せるときには逆の動きをしてベルトコンベアでその人を少しずつベッドに戻す。体重80kgまでに対応し、ジョイスティックで前後左右の動き、その場での回転などができる。本体重量は160kg、電源は家庭用の100V。6時間充電で8時間稼働するので、夜や空き時間に充電しておけば使い続けられる。

 「こうしたことが出来るロボットは世界初。一番大事なことは介護サービスをする人のケアをして欲しいこと。介護は力仕事、重労働で、腰や手首、肘を痛めやすい。休むと他の人に負担をかけ、悪循環になってしまう。これからの時代の介護のパートナーとして百合菜を活用していただき、負荷を少なくし、明るく楽しく仕事が出来るようにして欲しい」(日本ロジックマシン 営業課長の高田善隆氏)

 価格は350万円。ハンド、ベッドのオプションを加えると370万円。リハビリテーション病院や介護施設等での導入が進みつつある一方、海外からも問い合わせがあり、対応を急いでいる。

開発に拍車がかかる介護ロボット

 介護ロボットは自立支援や介護・介助支援が中心となるが、それら以外にも高齢者や要介護者に効果的なものが増えつつある。その主要なロボットをいくつか見てみよう。

 安川電機は産業用ロボットの有力メーカーだが、リハビリ支援として「TEM LX2 typeD」というロボットを開発、2003年3月から販売している。このロボットは、脳卒中を初めとする脳血管疾患患者など、運動機能に障害を持つ人がベッドに寝たまま機能回復訓練ができる「ベッドサイド型下肢運動療法装置」。

 理学療法士などリハビリテーションの専門家が使用する下肢運動パターンを内臓し、対象者の脚の長さに応じて、いつでも何時間でも、安全に関節を動かしてくれる。その実践的、合理的なデザイン発想が評価され、2007年度のグッドデザイン賞「新領域デザイン部門」を受賞している。


安川電機のリハビリ支援ロボット「TEM LX2 typeD」

 セコムの食事支援ロボット「マイスプーン」は最もよく知られた介護ロボットの一つだろう。手の不自由な人が体の一部を動かすだけで自分で食事ができる。ご飯やおかず、お菓子などほとんどを食べることが可能で、セコムによると「頸髄損傷、筋ジストロフィー、慢性関節リューマチなどの方々に有効性を確認」しているという。欧米を中心とした海外での実績も豊富である。


セコム「マイスプーン」

 マイスプーンでの食事は、4つの区画に仕切った専用トレイに盛り付け、手動モード、半自動モード、自動モードから選ぶ。利用者の体の状態に合わせた料金体系を用意しており、顎や手先などを使って操作できる場合はAセット=買取38万円/5年レンタル月額6,100円、体の震えなどから手足で操作棒をしっかり握って操作したい場合はBセット=同40万8,100円/同6,600円、操作棒ではなく押しボタンを利用する場合はCセット=同38万6,900円/同6,300円となる。

 岐阜・大垣地域ロボティック先端医療クラスターが開発した「食事支援ロボット」は、 両腕や手先の障害者が液状食物や飲み物まで飲食できるように開発した。


液状食物や飲料の飲食も可能に
(財団法人岐阜県研究開発財団のHPから)

 岐阜・大垣地域ロボティック先端医療クラスターでは、様々な障害を持った患者からの意志を、震えた手先からの力覚信号と正用できる部位からの生体信号をハイブリッドに取り込むことにより、正確にロボットに意志伝達する新しいヒューマンインターフェースを開発し、障害のレベルに合わせて支援できる自立志向型生活支援ロボットの開発を目指している。

コミュニケーションや癒し効果も重要

 コミュニケーション能力や癒し効果をもったものも、もう一つの介護ロボットとして注目される。コミュニケーション能力に優れているのがNECの「PaPeRo(パペロ)」だ。


NECの「PaPeRo」

 PaPeRoのコミュニケーション能力は多彩である。名前を呼ぶと返事する、話しかけると挨拶する、一緒に歌を歌う、人の顔を覚えて名前を呼んだり話しかけてくる、周りに誰もいないと散歩する、バッテリー残量を自分でチェックし充電する、遠隔アシストができる、その場でパソコンに好きな文章を入力して話させる――などだ。

 先進の音声認識技術や顔確認技術を搭載して様々なコミュニケーションが出来るので、企業では受付案内や伝言の取次ぎ、店舗では子ども相談相手や売り場の案内、家庭では高齢者の見守りやセキュリティなどに活用できる。病院では看護ロボットとして、介護施設でも話し相手や癒しを提供するロボットとして人気だ。世界初の「ベビーシッターロボット」として、ギネスに認定されている。

 ギネスに認定されたもう一つのロボットが知能システムの「パロ」。癒し効果が世界一と評価された。パロはタテゴトアザラシの赤ちゃんを模したもので、「メンタルコミットロボット」と称している。体長57センチ、体重約2.7s。動作時間はフル充電で約1.5時間。


知能システムの「メンタルコミットロボット パロ」

 パロは、体をなでると声を出して喜ぶ、強い光を当てるとまばたきして嫌がる、抱き上げると喜ぶが乱暴だと機嫌を損ねる、おなかが空く(バッテリーの残量が極端に少なくなる)と鳴いてエサを欲しがる、といった行動をする。

 古来、人は動物と触れ合うことで楽しみや安らぎを得てきた。それを活用して人の心の病を治療したり、予防したり、リハビリテーションに役立てる方法を「アニマル・セラピー」と呼ぶ。アニマル・セラピーは人を元気付ける心理的効果、ストレスを解消し血圧や脈拍を安定化させる生理的効果、コミュニケーションを活性化させる社会的効果があると言われるが、パロはこれと同じ効果が得られる。

 パロに接することで、半年間以上会話も笑顔もなかった子どもが元気になる、尿検査でストレスの低減が認められる、といった効果が得られている。看護師や介護職に関しても、バーンアウト評価(燃え尽き症候群)を行なった結果、心労の低減が明らかになった。

 パロの値段は、一般販売用は保障期間1年、メンテナンスなし(縫いぐるみクリーニングなどは有償サービス有り)で価格は35万円(消費税込み)。

 医療、福祉施設向けはメンテナンスパック付、保障期間3年で価格は42万円(消費税込み)。メンテナンスは、パロを飼い始めてから1年後と2年後を目処にパロ診断(動作確認、内部検査)、バッテリー交換、毛皮のクリーニングを無償で2度行なう。

 知能システムの海老沼 豊氏によると「購入者の7割は高齢者の個人」。国内だけでなく海外からの興味関心も高く、スウェーデン、イタリア、フランス、アメリカなどの高齢者向け施設や病院でパロによるロボット・セラピーの研究が行なわれ、多くの好結果が出ている。

 テムザックの「ROBORIOR(ロボリア)」はロボットとインテリアを融合させた新しいコンセプトのロボット。2003年に発売したユーティリティロボット「番竜」の後継機として2005年12月に開発した。


テムザックの「ロボリア」

番竜の留守番機能や遠隔操作機能などはそのままに、小型化(幅27cm、高さ26cm、長さ26cm)、コストダウンを図っている。映像出力端子とテレビの映像入力端子を接続することで、お互いに相手を見ながら会話ができるテレビ電話機能も搭載した。在宅時はフロアライトとしても使用できる。

 具体的には、外出時に「お出かけモード」に設定しておくと、ロボリアに搭載した音センサーが異常を感知したら、すぐに手持ちの携帯電話に通報してくれる。また、寝たきり老人などが緊急連絡をしたい場合には、ロボリアの「一押しファミリーコールボタン」を押すだけで、設定した携帯電話に通話する。

 「遠隔操作モード」で、外出先からロボリアにアクセスし、室内の様子を確認することもできる。いつでも、どこからでも、遠隔操作(移動、威嚇、会話)が可能で、外出中の防犯や高齢者の見守りに威力を発揮する。

 介護ロボットはこのほかにも、独立行政法人産業技術研究所の「上肢に障害のある人の生活を支えるロボットアーム」などのように、商品化目前のものもある。このロボットアームの商品化のために産総研技術移転ベンチャー「ライフロボティクス梶vも設立されている。Part 2では国、産官学連携などによる介護ロボット開発の取り組みを紹介する。