特集 介護ロボット最新事情

特集 介護ロボット最新事情

自立歩行をアシストし介護の負荷を軽減する先進ロボット

「ロボットスーツHAL」――CYBERDYNE

介護サービスにおけるロボットの活用が始まった。いま最も注目されているものの一つがCYBERDYNE(サイバーダイン)社の「ロボットスーツHAL」だ。脳・神経科学やロボット工学、IT(情報技術)などの学際領域「サイバニクス」を応用した自立動作支援ロボットで、脚に障害を持つ患者や脚力の弱った高齢者の下肢に装着することにより自立歩行をアシストすることができる。筋力が衰えた廃用性症候群の患者でも、この「HAL」を装着することによって自分の意思で立ち上がり、歩行することも可能だ。介護サービス現場の労働負荷を軽減する上でも効果は大きい。
サイバニクスに基づく自立歩行支援ロボット

 CYBERDYNE社は2004年6月に設立した筑波大学発のベンチャー企業。「サイバニクス」は同社のCEOで筑波大学大学院システム情報工学研究科教授の山海嘉之(さんかい・よしゆき)氏が開拓した。

 同氏は筑波大学サイバニクス国際教育研究拠点のリーダーでもある。同拠点は文部科学省が推進するグローバルCOEプログラムに平成19年度に採択されている。COEプログラムは国内の大学から優れた教育研究拠点に絞って資金を提供する制度。このプログラムに採択されることは研究の先進性やユニーク性が認められた証で、サイバニクス国際教育研究拠点には山海教授のサイバニクスのほか、知能ロボット、人間情報処理、ヴァーチャルリアリティ、生体情報処理、ヒューマノイドといった分野の研究者が集まっている。

 「サイバニクス(Cybernics)」は脳・神経科学、ロボティクス、ITなどの学際領域の研究で、サイバニクス研究室によれば「人・機械・情報系の融合・複合」。自立歩行支援ロボット「ロボットスーツHAL」は、その具体的成果ということになる。

生体電位信号を検出して患者や高齢者の動く意思を支援

 CYBERDYNE社では「ロボットスーツHAL」(HAL:Hybrid Assistive Limb)をシリーズ化しており、全身タイプから、腕、膝、手、指といった個別の部位ごとにも開発を進めている。現行の下肢タイプ・福祉用は昨秋から本格的にレンタルでの提供を開始した。

 ロボットスーツHALは両脚型と単脚型(右脚用/左脚用)があり、大腿と下肢(膝から下)の長さに応じてL、M、Sの各サイズを揃えている。


「ロボットスーツ HAL® 」福祉用両脚タイプの概観

 ロボットスーツHALが脚に障害を持つ患者や脚力の衰えた高齢者の自立歩行をアシストするメカニズムは以下のようになっている。

 人が体を動かそうとする際、その意思は電気信号となって脳から神経系を介して筋肉に伝達される。このとき、皮膚の表面から微弱な生体電位信号が検出される。HALは、この信号を瞬時にコンピュータで処理し、コントロールユニットに信号として送る。

 コントロールユニットでは送られてきた信号を解析し、信号に応じたアシスト量をモータに与える。これにより、利用者の体と一体的に動き、立ち上がりたい、歩きたいといった、人の意思に従った動きをアシストすることができる。

 「生体電位信号さえ出ていれば、ずっと車椅子に乗っていて歩く機会がなく、筋力が衰えてしまった廃用症候群の人でも、HALを装着することで自分の意思で立ち上がったり、歩いたりすることが可能になる。そうした随意的なアシストができるところにHALの大きな特徴がある」(CYBERDYNE第一営業部長の久野孝稔氏)

 ロボットスーツHALは「CVC(サイバニック随意制御:Cybernic Voluntary Control)」と「CAC(サイバニック自律制御:Cybernic Autonomous Control)」の2つの制御システムで利用者をアシストすると言われるが、それはこうした多方面の情報を駆使しているからだ。CVCは生体電位信号に基づくアシスト、CACは麻痺などによって生体電位信号が必ずしも発生しない人に適用する場合のアシストである。

利用者の身体状況に応じたアシスト

 ロボットスーツHALは「立ち上がる」「歩く」「昇る」「降りる」といった動作を、利用者(装着者)それぞれの身体状況に応じてアシストする。そのため、本体以外にバッテリー、充電器、専用ケース、専用パソコン、ルータ、生体電位ケーブル、工具セットといった付属品がある。

 専用パソコンと本体のインターフェイスユニットを使うことで、利用者に適したアシスト量や、アシストのバランスを細かく設定できる。

 こうしたアシストの最適化で、介助なしに自力で立ち上がったり、平行棒を使った歩行訓練なども可能になる。脚力が低下して階段の昇り降りが困難だった人でも、手すりなどの最小限の介助があれば昇降できるようになる。

 アシストのために必要な電源は充電式のリチウムポリマーバッテリー。腰部に装着し、1回の充電で60分〜90分稼働する。バッテリーは大容量であることに越したことはないが「健常者でも30分も動けば、運動した感じになる。日常的に歩いていない人は10分から20分も歩けば運動した満足感を覚えるので、バッテリーの稼働時間は現状でも充分と考えている」と、久野氏は語る。

 ロボットスーツHALを装着するには、先に紹介したようにセンサーを貼り付けるといった作業が必要なため、一定の時間を要する。装着する側とされる側の慣れも影響するが、慣れてくれば10分程度で可能だ。

 HALはCYBERDYNE社により提供されるが、納品に当たっては安全使用講習会(約半日)を開催している。導入する側は、これを受講して必要な知識を学び、センサーの貼り付け、バッテリーの装着、大腿や下肢の調節といった実技を修得する。そして、簡単なテストに合格し、修了認定証を得て、患者や入所者へのHALの装着を行えるようになる。

QOLの向上、介護の負荷軽減に大きな効果

 ロボットスーツHALは2009年秋の発売以来、現在までに全国約40ヵ所の医療機関や介護施設に導入され、営業機等を含めると約150台のHALが活躍している。

 医療と介護の比率では、結果的に医療機関が多いが、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの高齢者福祉施設も増えつつある。介護施設における導入の背景には、特養は他とは違った特色を出したい、老健の場合は医療法人が運営するケースが多く、理学療法士などの専門職の興味関心が高い、といったことがある。

 現時点では、HALを導入することによって介護施設の入居希望者が増えた、というところまではいっていない。HALは発売して1年も経っていないので当然と言えるが、今後、介護ビジネスに追い風となる可能性は極めて高い。

 一つは、利用者の満足度やQOL(生活の質)の向上に貢献するからだ。これまで、立ちたい、歩きたいという意思があり、生体電位信号が発生しているにも拘わらずそれを生かすことが出来なかった。だが「ロボットスーツHAL」の登場によって、そうした障害者や高齢者の思いをアシストすることが可能になった。

 久野氏によると、HALを最初に装着するのは「歩きたいという思いが強い人」だという。実際に装着し、立ち上がりや歩行をアシストしてもらうことによって、利用者の行動範囲は広がり、幸福感を感じるだろうことは想像に難くない。それは利用者のモチベーションやQOLの向上へと繋がっていく。そうした利用者が増えてくれば、入居希望者もまた増えることになろう。

 もう一つは、介護する側の負荷の軽減に役立つということである。介助しなければ立ち上がったり歩いたり出来なかった人が、自力で、あるいは、手すりなどの最小限の補助で出来るようになれば、介護する側の負荷は減らされるし、他の介護サービスに人的リソースを振り向けることも可能になる。

 CYBERDYNE社では、利用者の要望を開発にフィードバックしてHALの改良を続けている。数年後には個人利用に向けたHALも計画されている。"スーツ"を着るのは普通で、いかに着こなすかが重要になるのも遠い先のことではなさそうだ。

問い合わせ先

CYBERDYNE株式会社
TEL:029-869-8448(第一営業部直通) FAX:029-855-3181
URL:rental@cyberdyne.jp

『ROBOT SUIT』(ロボットスーツ)、
『ROBOT SUIT HAL』(ロボットスーツHAL)、
『HAL』(ハル)、
『Hybrid Assistive Limb』は、
日本国または外国におけるCYBERDYNE(株)の登録商標です。