介護用ITソリューション情報

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ITによる需要分析で施設展開へ

戦略的ビジネスに取り組むワタミの介護

今春から大手を中心に介護施設の新設が相次ぐ。ワタミの介護(本社東京、清水邦晃社長)もその一つで今年度16〜17棟の有料老人ホームを新設予定だが、同社ではGIS(地理情報システム)を応用した「MiSol介護圏分析サービス」を導入して、より有効性の高い拠点展開に取り組み始めた。
常識に捉われない斬新な介護サービス

 外食産業のワタミ(2000年3月、東証1部上場)がワタミメディカルサービスを設立して介護分野に参入したのは2004年。2年後に既存の介護事業会社を吸収合併し「ワタミの介護」として本格参入を果たした。現在、47棟の介護付き有料老人ホームを運営するほか、居宅介護支援事業、訪問介護事業、訪問看護事業、通所介護事業などを手がける。


図1:介護付き有料老人ホーム「レストヴィラ一之江」
(東京都江戸川区。2009年12月開設)

 「2006年に本格参入したときは16棟ほどで、現在約3倍に増加した。介護分野は初めてだったが、サービス業としての25年の歴史の中で培ってきたホスピタリティ文化を背景に、ご入居者様に喜ばれるものは何だろうと試行錯誤をしてきた。従来の介護業界の常識に捉われることなく、素人だからこその視点で、ご入居者様の声に耳を傾けながら、ワタミならではのサービスをつくり上げてきた」(ワタミの介護 ブランド推進部部長代行の西野剛史氏)


ワタミの介護 ブランド推進部部長代行の西野剛史氏

 たとえば食事。単に出すことが目的ではなく、おいしいものをおいしく食べてもらうにはどうすべきかとの観点から、外食産業の来店客に対するのと同じ目線に立ったサービスを考えた。

 「従って手間がかかっているし、料理も単に並べておくことはしない。ワタミのホームではご入居者様が席につかれてからご飯やお味噌汁の準備をするので、湯気のたった食事をご提供している」(同)

 介護食に関しても、百人百様なので同じ献立でもその人に合わせた加工をする。たとえばハンバーグの付きあわせのトマトは入居者の好みに応じて付けないこともある。咀嚼能力や飲み込む力なども考慮して形状を考えたり、ミキサーでつぶしたりといった細やかなマネジメントをしている。むろん、服用している薬や体調も考慮する。

 アクティビティー面でも配慮している。ホームでは外との関わりが少なくなりがちで、高齢者は新しい刺激を求めることが少ない。ホーム側でアクティブな環境を提供しないと日々の暮らしが単調になりがちだ。そこでワタミでは、本人の意思を尊重しながら、その人の趣味や特技など、何らかの形で日々が楽しめるような環境やきっかけづくりをサポートしている。

 参加者を募って温泉に繰り出すのもその一つ。ホーム単体で出来ない場合でも、全社的に取り組むことで200人規模の大所帯で温泉旅行に出かけることもある。あるいは外食部門と連携してホームの中に鮨屋さながらのネタケースを設けたり、居酒屋さながらのサービスを演出して、食事に関するレクリエーションを行なう。畑いじりの好きな入居者には、ワタミファーム(2002年開設)が運営する5箇所の農園も活用する。

 ワタミの介護が運営する全国47棟の介護付き有料老人ホームでは、従来の介護の常識に捉われないこうしたサービス、「その人らしい生活が実現できる場」の実現に向けたサービスが提供されている(図2)。

図2:ワタミの介護コンセプト

ITを活用して需要と供給を把握

 介護事業におけるIT活用は、措置制度という行政処分で介護サービスが提供されていた時代まで遡るが、活発化してきたのは2000年4月にスタートした介護保険制度以降だ。介護事業者そのものも介護保険制度をきっかけに急増、介護システムもそれに伴ってさまざまなアプリケーションが提供されるようになった。

 介護システムは、利用者情報管理や保険請求など介護事業者に共通した業務システムから、訪問サービス、通所サービス、居宅サービスなど、各事業者に対応したシステムまで多種多様である。

 ワタミの介護が活用している「MiSol介護圏分析サービス」はこうした介護業務向けシステムではなく、介護サービスの拠点を展開するためのエリアマーケティングを行なうのが特徴だ。

 「MiSol介護圏分析サービス」を導入する以前、ワタミの介護では拠点開設のための介護市場の分析を「立地分析」「供給状況分析」「需要状況分析」の3点を中心に行なってきた。立地分析は当該物件の周辺地域の住環境の概要把握、供給状況分析は周辺5q圏の競合施設の価格や入居率、居室面積などの把握、需要状況分析は潜在的入居者も含めた顧客層の洗い出し、などがポイントである。

 民間企業が介護施設を開設する際には採算性のほかに、総量規制がありどこでも自由に拠点を出すことができない、特別養護老人ホームなど公的施設との調整、といった課題をクリアーする必要がある。従って、より効果的な拠点展開を図るには「客観的なデータに基づくエリア分析がしたい」(ブランド推進部の山本奈生氏)と考えていた。

 そんな折りに出会ったのが、マップソリューション(本社東京、山下靖人社長)が開発した「MiSol介護圏分析サービス」だった。「検討から導入までに数週間しか要しなかったと思う。他のシステム(サービス)と比較したわけではないが、行政界をまたがって存在する商圏を視点化できるという点で画期的と判断したので早期に導入に踏み切った」と山本氏は語る。導入したのは2009年3月である。

地図と統計データで多角的に分析

 MiSol介護圏分析サービスは地図と統計をベースにしたエリアマーケティングシステム。インターネットで提供するASP方式で、ユーザーIDとパスワードによって事務所からでも出張先や自宅からでも手軽に利用できる。

 機能も豊富で、指定地点を中心とした介護圏内の年齢階層別・男女別人口の集計、推計要介護者数の算出や介護サービス事業所一覧表の作成、指定地点を中心とした地域の年齢階級別・男女別人口による地域別色分け地図や棒グラフの表示、要介護区分別推計要介護者数、介護サービス種類別要介護者数による地域別色分け地図や棒グラフの表示、などが可能である。

 介護圏の指定方法は、半径指定による同心円介護圏、車の運転時間指定による車到達介護圏、任意の多角形地域指定による指定介護圏の3つがある。

標準装備するデータとして国勢調査データ、病院・診療所・歯科医院データ(合計約15万6,000件)、要介護区分別推計要介護者数データ、介護サービス種類別推計要介護者数データがあり、介護施設データ(約1万3,000件)、介護サービス事業所データはオプションで提供する。

 データの集計単位は町丁字別、1qメッシュ、500mメッシュ(国勢調査は250mメッシュまで)といった詳細な集計が可能で、それだけ分析精度も高くなる。

 ワタミの介護では、こうした豊富な機能やデータを駆使して、エリアごとの介護需要の高低、要介護認定者のエリア分析、介護サービス拠点展開などに活用している。ただし、 介護拠点の開設は1年以上前から企画するので既存の施設には適用できていないが「2010年4月以降に開設予定の拠点については適用している」(山本氏)という。

 MiSol介護圏分析サービスは新規の拠点展開だけでなく、既存施設に関しても相場観の分析などに活用している。たとえば既存棟の近くに新棟を建設する場合や増築する場合などには、既存棟を含めた市場分析を行なっている。こうした際の活用例としては、以下のようなものがある。

・需要側の分析:高齢者人口の分布状況
・供給側の分析:介護付き有料老人ホームの分布状況(価格、入居率)
・顧客の分析:既存棟の入居者の前住所分析(及び入居推移など)

 これらの状況を地理的に把握するためにMiSol介護圏分析サービスを活用し、各情報をプロットやメッシュで分析を行なっている(図3、4)。

図3:競合施設のプロット

図4:高齢者人口の分布メッシュ

「現状やニーズが視覚的に捉えられる」

 MiSol介護圏分析サービスについて同社では「介護サービスの現状やニーズを視覚的に瞬時に捉えることができるので効果的」と評価している。

 さらに「奥が深く、潜在的に持っている能力が高い。その能力をまだ使いきれていないので、今後活用できるようにしたい」(山本氏)と意欲的だ。

 現在、直接的に利用しているのはブランド推進部だが、分析データの活用という点では外食部門をはじめ、他部門にも及んでいる。

 「一般的にこうした手法は広告戦略でも応用されている。細かく刻んだメッシュデータを用いることで、ワタミの顧客対象となる世帯の割り出しを500m単位で把握し、より効率的な広告投下を試みている」(西野氏)

 こうした戦略的なIT活用によって、無駄な投資をすることなく獲得件数を下げずに広告費用を適正値まで下げることが可能になると西野氏は語る。

 同社は今年2月に「レストヴィラ大磯」を開設。4月には48棟目の「レストヴィラ神戸垂水」もオープンする(図5)。


 図5:2010年4月に開設する「レストヴィラ神戸垂水」(完成予想図。建物:賃借)」

 従来の介護サービスの常識を打ち破る形で業績を伸ばしてきたワタミの介護。積極的なIT活用で、他社との差別化をさらに鮮明に打ち出すことになりそうだ。