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神奈川県が介護ロボットのモデル事業を開始

介護現場の負担軽減や自立支援、新産業育成を目指す

社団法人かながわ福祉サービス協会(板橋 悟 理事長)は9月から、平成22年度の神奈川県の委託事業として産学連携による介護ロボットの普及・促進モデル事業を開始した。CYBERDYNEの「ロボットスーツHAL」など4種の介護ロボットを選定、県内7ヶ所の介護・福祉施設に3ヶ月間試験的に導入し、介護現場の負担軽減の有効性を探る。他の自治体に先駆けたこの取り組み、介護サービスの質向上の点でも大いに注目される
介護人材不足を改善するロボットの有効性を検証

 モデル事業の開始に伴って9月21日に開かれた「モデル事業説明会」には県内30以上の介護施設から約80人が参加した。冒頭、神奈川県商工労働局産業部産業技術課長の村井省二氏は、今回のモデル事業が介護の負担軽減とロボット産業の創造・育成にあるとして、次のように語った。

 「介護分野におけるロボットの活用は国の科学技術政策でも重要と位置づけられ、様々な支援策も考えられている。そういう意味で今回のモデル事業は先頭を走っている。福祉分野をきっかけとして、サービスロボットが産業として今後ますます発展していければと思う。神奈川県としても、介護ロボットを活用することによって高齢者の自立支援などに寄与したいと考えており、このモデル事業を大いに発展させていきたい」


神奈川県商工労働局の村井省二課長

 超高齢社会を迎えている日本。高齢者の割合は2015年には全人口の26%、2055年には40.5%に達する。一方で、介護人材は不足する。介護職員は現在約120万人いるが、2025年には210万人〜250万人が必要と試算されている。15年後には現在の倍は必要なわけで、知恵を絞り、対策を打たない限り、このままでは介護サービスは機能不全に陥ってしまう。

 「その知恵の一つに介護ロボットがある。ただし介護ロボットは利用者、高齢者、家族を含めて本当に現場で使えるか、介護施設や現場で働くスタッフにとって本当に介護負担の軽減に繋がるかといった疑問と期待がある。そうした疑問を払拭し、高齢者の自立支援や介護負担の軽減に役立つ実証データを取りたい、というのが今回のモデル事業の目的だ」(かながわ福祉サービス振興会専務理事の瀬戸恒彦氏)


かながわ福祉サービス振興会専務理事の瀬戸恒彦氏

 このモデル事業にはもう一つの目的がある。それはロボットという新しい産業の育成だ。産業育成に関して神奈川県はこれまでも先進的に様々な商品を開発してきた伝統があり、それをさらに加速させたい意向だ。

産学連携による委員会を構成し事業を推進

 モデル事業を動かす仕組みとして、神奈川県とかながわ福祉サービス振興会は、産学連携による「介護・医療分野ロボット普及推進委員会」を設けている。大学、OT(作業療法士)やPT(理学療法士)といった専門職集団、介護施設、ロボットの開発・販売会社などから委員を構成し、二つのワーキンググループで事業を運営する。

 一つは、介護施設に貸し出すロボットのデータ収集・分析方法について検討するワーキンググループ。もう一つは、介護施設のニーズ調査に関するデータ収集・分析方法について検討するワーキンググループだ。

具体的な委員の構成は以下のようである。

  • 大学等:横浜国立大学、筑波大学、神奈川県理学療法士会、神奈川県作業療法士会
  • 介護施設等:特別養護老人ホーム、介護老人保健施設
  • ロボット産業:CYBERDYNE、大和ハウス工業、パラマウントベッド、知能システム、ダブル技研

 介護施設に貸与する介護ロボットの選定に当たっては、試験的な導入は可能か、ロボットの効果、受け入れ側の反応(ニーズ)という3つの指針を掲げた

 試験的な導入の可能性については、貸与可能であること、開発はほぼ終了していること、試験導入可能なレベルまで安全性が考慮されていることがポイントだ。

 ロボットの効果については、介護・福祉の現場が抱える課題の解決に貢献できること、要介護者の自立支援、リハビリ等に貢献できること、効果を客観的に検証可能であること、同種のロボットの開発、他メーカーの参入等に拍車をかけ、近い将来の市場拡大、産業育成に繋がる可能性のあること。

 受け入れ側の反応については、施設担当者の聞き取りで試験導入への希望があること、施設側の導入希望があり効果検証の協力が得やすいことがポイント。

 こうした指針の下に、介護支援、自立支援、コミュニケーション・セキュリティの3つの分野で現在、発売・発表されている61種類の中から実際に市場に出ている31種をピックアップし、以下の4種の介護ロボットを採用した。

モデル事業で介護施設へ貸与される4種の介護ロボット
名称ロボットスーツHAL
福祉用
眠りSCANパロりーだぶる
製造
販売
CYBERDYNE(株)
大和ハウス工業(株)
パラマウント
ベッド(株)
(株)知能システムダブル技研(株)
機能自立・身体動作支援、歩行支援睡眠管理システム癒し(ロボットセラピー)読書支援
「ロボットスーツHAL」など4種を介護施設に貸与

 採用された4種の介護ロボットは、9月24日から神奈川県内の7つの介護施設に貸与されている。モデル事業説明会では、それぞれのメーカーがロボットの説明と実演を行なった。その概要を紹介しよう。

「ロボットスーツHAL」/CYBERDYNE(株) CEO・筑波大学大学院教授 山海嘉之氏

 「ロボットスーツHAL」には二つの原理が混在している。一つは、人が体を動かそうとするときに発生する信号(生体電位信号)を活用して動く原理。もう一つは、ロボットとして動く技術だ。こうした原理(動作)は医療・福祉・介護の分野で非常に重要で、HALはリハビリ支援、自立動作支援、介護支援などでの活躍が期待されている。

 HALは、装着して数時間経つと脚を曲げたり伸ばしたりといったことが出来る。そういうことが出来るようになると、本人も私たちも感動する。現在、約40の施設で合計100数十体が稼働している。パーキンソン病で2年間、自分で立ち上がって歩くことが出来なかった人が歩けるようになったり、脊髄損傷の人が歩けるようになる。

 介護ロボットで大事なのは実運用し、その情報をフィードバックすること。それが本当の意味で基礎研究を進化させていく。HALはデンマークなど海外での普及活動にも取り組んでいるが、それには現地法人を設立し、個々に活動を展開するといった動きが必要になる。今回の神奈川県のように、総合的な観点から介護・医療分野でロボットを組織的に推進する事業は世界的にも稀であり、大変嬉しく思っている。


CYBERDYNE(株)CEO・筑波大学大学院教授の山海嘉之氏


ロボットスーツHALの実演(CYBERDYNE第一営業部長の久野孝稔氏)

「眠りSCAN」/パラマウントベッド(株) コンシューマー営業部主任 中村展久氏

 医療・介護施設では、入居者は自宅という自然な環境ではないために寝つきが悪くなると言われている。音や光、服用している薬の影響、加齢による不眠なども指摘される。不眠が続くと日中の活性度が落ち、それに伴ってQOL(生活の質)、ADL(日常生活動作)の悪化等にも繋がる。不眠が徘徊や頻尿の遠因になり、介護する側の負担増にもなっているのではないか。従って、睡眠を改善することでよい循環に変える必要がある。

 入居者の睡眠状況は目視による確認が多いと思うが、目視は見る人による判断の違いがあり、見る手間もかかる。また、本人によく眠れたかを聞いても、認知症が始まっている入居者だとはっきりしない。従って、どの情報を正しいとして判断すればいいか分からないこともある。

 そうした対策に有効なのが「眠りSCAN」。マットの下に敷くだけなので、利用者に負担をかけず、自然な状態で長期間の睡眠・覚醒のリズムを把握できる。睡眠日誌の自動作成、睡眠・覚醒リズムのトレンド分析、睡眠状態の変化の見える化、測定データ分析に基づく睡眠改善の提案(ケアプラン作成)、リアルタイムモニターなどが可能になる。


パラマウントベッドの「眠りSCAN」

「パロ」/(株)知能システム 海老沼 豊 氏

 「パロ」は、タテゴトアザラシの赤ちゃんがモデルで、体長57cm、重さ2.7s。タテゴトアザラシは生まれたては黄色、1週間ほど経つと白色になるので、黄と白の2種類の色を用意している。

 パロは体中にセンサーを持ち、撫でてやると様々な反応をする。鼻の部分の2ヵ所に光センサーを持ち、昼間か夜か、人が来たかを知ることができる。人の声に対しても、頭と背中に合計3つのマイクを持ち、音声認識をする。もともと病院などでの用途を想定しているので歩くことはできない。

 声をかけると目をパチパチし、ウインクし、尾を振るなどの反応をする。泣き声はタテゴトアザラシの赤ちゃんの声で全部で21種類。人間の体温と同じになるようになっており温もりを感じさせる。日本国内で約1,300体、海外で約200体の販売実績を持つ。国内のユーザーの7割は個人、3割が施設や病院、研究機関などだ。海外はデンマークやアメリカなどを中心にユーザーが増えているが、いずれも病院や施設向けだ。


「パロ」を手に説明する海老沼氏

「りーだぶる」/ダブル技研(株) 代表取締役 和田 博 氏

 「りーだぶる」は、文庫本から最大見開きA3サイズまで、厚さ5〜6cmの雑誌や書籍のページを電動でめくることのできる装置。リモコンスイッチを押すことで、仰向けのままでもページをめくることが出来る。押しボタン式、タッチセンサー式など、ユーザーの利便を考慮した多様なスイッチを用意している。

 開発のきっかけは、長岡技術科学大学でページめくり機の原型に出会ったこと。障害があるために本を読みたくても読めない人がいることを知り、それ以後、開発に取り組み、10年ほど前に発売した。1999年に神奈川県の工業技術開発大賞奨励賞を受賞している。

 第一号ユーザーは山形県のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者で、現在もかなり重度の障害者に利用されている。2003年に初めて海外進出し、ベルギーの会社を知り、以来、国内よりもベルギー経由で欧州で利用される割合が多くなった。累計約700台を販売しており、今秋から新製品「りーだぶる 3」を発売した。


ダブル技研のページめくり機「りーだぶる」

県内7施設で介護ロボットの有効性と支援性の評価に着手

 今回のモデル事業では、紹介した4種のロボットを神奈川県内の7つの医療機関や介護施設に貸与し、ロボットの有効性と支援性に関する評価を始めている。11月18日には中間報告を行なう。

モデル事業での介護ロボットの貸与先
ロボット名貸与先所在地
HAL医療社団法人三喜会 横浜新緑総合病院
医療法人社団協友会 介護老人保健施設
横浜市
横浜市
パロ医療法人敬生会 介護老人保健施設 やよい台仁
社会福祉法人隆徳会 特別養護老人ホーム
横浜市
横浜市
眠りSCAN社会福祉法人清光会 特別養護老人ホーム
社旗福祉法人祥風会 特別養護老人ホーム
横浜市
小田原市
りーだぶる神奈川県立 さがみ緑風園相模原市

 「日本は世界に例を見ない超高齢社会が目前にある。日本の高齢化の特徴はスピードが速いことであり、制度が追いつかない。未来を創るために今しなければならないことは、様々な関係者の智恵を重ねること。介護の問題を解決するためにロボットを活用することは新しいチャレンジ。このチャレンジの多くの皆様に参加していただき、横浜から、神奈川から、そして日本の未来を明るくしていきたいと考えている」(専務理事の瀬戸氏)

 経済産業省では2025年の次世代ロボット市場を約6兆円と試算している。介護分野におけるロボットの活用は、超高齢社会時代の介護サービスに大きく寄与しそうだ。